オホーツクの流氷を待つ
2000年03月12日
<要旨>
雪や寒さといった身体に凍み込んだ北海道の想い出は年月を経ても消えません。ネットに公開された絵の感想から、北海道への想いを語り合うというやりとりがあり、またそれを見つめていて下さる方がいました。

Smikoさんは、3年前の事故の後遺症で、長時間筆を持って書くと指が痛み出すようになられたため、それからパソコンを始め、現在は、ノートパソコンにマウスを繋ぎ、マウスを右手で動かしクリックは左手でノートパソコンのものを使う、というようにして、両手で筆を操りながら、素晴らしい絵を描いておられます。機械の機能を使うことを最小限にとどめ、まさに筆代わりにのみ使って、本物の水彩画と区別がつかないような絵(CG)がどうして出来あがるのか、驚きが入り混じった感動を覚えます。

そのSmikoさんの掲示板に、私が書きこませていただいた内容に対して、引越し暦26回、欧米生活通算18年とおっしゃる自称雑文家、朱衣(Shuy)さんから、身に余るお褒めの言葉を頂戴しました。思いもよらぬことでしたので、大変嬉しくなりました。

最初は、Smikoさんのサイトの「ギャラリー」に公開されている、Smikoさんの絵(CG)の話から始まりました。

私>

CGの中の、雪の降りしきる山村の絵がとても好きです。私は北海道富良野の生まれですので、この絵の日本海的な情景とは少し違いますが、幼年期の原体験はやはり雪と寒さです。どうやってマウスでお描きになっているのか、物凄く興味を惹かれます。物凄く根気の要る作業と推察しております。

Smikoさん>

北海道は憧れです。96年秋初めて訪れた時すっかり虜になり、札幌に住みたいとその後一カ月後マンションを捜しに行きました。契約までしたのですが、ある事情でボツになりました。97年 札幌雪祭りのツアーを申し込んでいましたが、骨折で行けなくなり、札幌への思いがやっと吹っ切れました。あんなに惹かれた街はありません。

私>

札幌には通算2回10年住みました。やはり学生時代が一番思い出されます。 秋の終わりにはつのる寒さが心にしみるのですが、それが、根雪(本格的な冬になってもう雪が解けない状態)になると、なぜかほっとするのです。その時期はまだ新雪だけなので、雪景色もひときわ美しいのです。学生時代、真夜中の新雪に最初の足跡を残しながら、街を歩きつづけるのが好きでした。雪は、都会の全ての汚れたものを覆い尽くし、美しい世界へと変貌させることができるからです。 全くこうした個人的思いからですが、やはり札幌と言えば、新雪にイルミネーションが映える、クリスマス前の時期が最高と思います。札幌の話が出ると、いつもそういって人の旅情を駆立てたくなるのですが、私自身がそういう時期の札幌を最後に訪れたのは、もう20年も前になってしまいました。

札幌転居も北海道旅行も流れたというお話なので、余計なこととは思いながら、次のように続けました。

私>

北海道各地の100のライブカメラ映像を見ることができます。札幌市内繁華街以外は、当然昼間見なければなりません。私の好きなのは、襟裳岬、倶多楽湖、ハリストス正教会、などです。

 

Smikoさん>

素晴らしいページをご紹介下さって感謝しています。6時前からみていると道東から明けてゆく様子が分り、30分ほど楽しみました。最初みて暗かった所が20分後明るくなっている!! まさに生を感じて感動しました。

私>

私は、オホーツク海の流氷の到着を待っています。現場でも経験したことがありますが、ある日突然、海の波の音が静寂に変わり、一面が雪原に変貌するのです。

そんなやりとりがあり、またそれを見ていた朱衣さんから、こんなお言葉を頂戴しました。

朱衣さん>

交信を拝見し、びっくりしてお伺いしました。何にびっくりしたか、と申しますと、技術とかのことではなく、語り口のこよない優しさにです。

今日、オホーツクの流氷の様子を見るために、自分のHPのトップに網走港のライブカメラへのリンクを付け加えました。

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